「」の中に可能性の文字を入れよう出張編

カクヨムという小説投稿サイトで投稿者デビューした賑やかし君のあれこれです

ホムンクルス系女子のススメ

 昔はことさらに男性と女性の違いを意識してしまって壁を作っていたようなところがありますが、身体的なところはともかくとして、精神的な部分は案外そんなに差はないんじゃないか、というような思いがあります。


 女の子だってえちえちなことに興味があっていい。
 それを素直に表明していい。
 そのための環境は少しずつできてきてる、というように感じています。

 

 それとは正反対に見える反応もほうぼうから観測できますけど……
 多くの方は恥ずかしさと社会性を守ろうとする意識が勝ってるから言わないだけで、an・anのその手の特集だとかを読んでいるんですよ。


 少なくとも性に対するタブー感は少しずつ薄れてきている。
 私はそれをいい傾向だと捉えています。

 

 

 最近発表されている創作系作品には女性が性に対してオープンに叫ぶことに対する肯定感にあふれた作品が多い気がしています。 


 性に興味津々すぎる女子を主人公にした『変女』や、現在アニメ化している『可愛ければ変態でも好きになってくれますか?』など、女性と性をめぐるオープンな雰囲気が少しずつ醸成されてきている感じがあります。


 もっとも、お前がそういうの好きだからバイアスがかかってるんだよ、と言われればそれまでかもしれませんけど!

 

 女性のキャラクターに性に関することを語らせることに書き手も受け手もだんだん抵抗感がなくなってきているのかもしれません。
 だけどけして性に対して放縦であることが許容されている、というわけではなく、あくまでも主人公などの意中の存在に対して一途であることが暗黙のうちに期待されている空気は感じますけど。


 
 さて。
 ここまでは前提のお話で、本筋ではありません。
 私がこたびの更新で申し上げたいことは、その後についてです。
 そうした性に対してオープンな「変態」チックなキャラクターが登場する作品が出てきたあとどういったムーブメントが続くのか、というか続いてほしいのかという部分です。
 
 そこで私が今後本格的に出てきてほしいのが、ホムンクルス系女子、と私が勝手に命名しているヒロイン像です。
 
 ホムンクルスといえば、一般には錬金術の果てに生成されるヒトに似た架空の生き物のことですけど、ここで触れるのはそっちではなく、一部ではものすごく名が知れた方のほうです。そうです、マンガ家のホムンクルス先生です。
 
 ホムンクルス先生の描かれるヒロインに一定数存在するところの……


 根は真面目な女の子なんだけどえちえちなことに興味があるし、実際にそのような機会を得てしまえば我を忘れるほど熱中しちゃって、そのあと後悔して謝り倒したり「ちがうの!」と言い訳をはじめたり……

 

 そんな子がね、私はとても好きなんです。
 お前の趣味か。ええそうです私の趣味です。性的嗜好です。
 
 性に対してオープンな変態的ヒロイン、といった現在少しずつ出てきてる一般向けマンガやライトノベルのムーブメントの一歩先は、えちえちな分野では数年前からあったホムンクルス先生のヒロイン像が流行するのでは? という見立てをしています。

 

 ……というのが今回の趣旨です。
 というかこれは9割9分くらい自分の願望ですね。
 
 具体的にどのようなヒロイン像なのか実際にマンガを見ていただくのがいちばん早いのでしょうけど、画像で張るのもどうかと思いますしその手のサイトのリンクをつけるのはこのブログの規約的に可能なのかわからないので、とりあえず『はじらいブレイク』『レンアイサンプル』の2冊を挙げます。
 ご興味のある方は実際に確認してみてください。 
 


 要するにわたくしがここで云うホムンクルス系女子とは
 
・性格的には真面目で、普段の雰囲気からは性的なことを考えているとは思えない
・でも実際には人並みにえちえちなことに興味があり
・いざコトがはじまれば我を忘れるほど溺れちゃって
・終わったあとに恥ずかしさと後悔で落ち込んだり取り乱しちゃう
・そのような普段の姿と欲求のストレートさのギャップがたまらない!

 

 というような女の子キャラクターのことですね。 
 うん、深夜のテンションだね。朝起きたら赤面するといいよ。 
 
 実際にコトに及ばずともそういった妄想で恥ずかしがっちゃう、とかマイルドに落とし込めば一般向けでも流行するはずだと信じております。
 


 最後に。
 普段はなるべく取り繕っておりますが私はえちえちなコミックが大好きです。
 あまりこのような話をする機会がなくてお話してないだけで。


 え? 


 いやですねぇわたくしは健全ですよ。誰がなんと言おうと健全なんですよ。

読者本位+作者本位を両立するカクヨムランキングのゴールデンソリューション試論

内輪のノリが過ぎてはいませんか?

 はじましての方ははじめまして。
 私は一応小説投稿サイト・カクヨムというところでサイトオープンの頃からおりますいち利用者です。

 

 私自身そこそこ投稿させていただいてるわけですが……投稿された作品を読んでくださる、いわゆる『読み専』さん主導でサイトが盛り上がっていくのが理想だよなあ……と常々思っており、以前そのようなこともカクヨム上で申し上げたことがあります。

 

 ですが……サイトオープンから2年が経ったのですかね?
 作者さんの割合が高く、作品を評価するのも作者さん主体になってしまっている――という現状はかなり初期から今も変わることがないように見えて、それがとても気がかりです。
 


 作品につけられるレビューや応援コメントを寄せている人をたどってみたら実は作者さんばかりだった――
 みたいな図が、おそらくカクヨムというサイトを開いた時読者さんが目にする光景だと思うんです。

 

 そういう、ある種の「内輪ノリ」で固まったレビューやコメント群を見て、読者さんはどうお感じになるでしょう?
 きっと、「なんだここ?」と呆気にとられるのではないかと思うんです。


 いやいやそんなことないよ、作者の評価だって純粋な評価じゃないか、とおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。


 かくいう私だって多くの人にレビューや評価をつけましたし、作者さんが作品を評価することを否定したいわけではありません。作者さんが送った評価も、それはそれでとても貴重だし、本物であるとは思います。

 

 しかし、客観的にサイトを見た時、まったくカクヨムというものを知らない人はどう感じるのか? という観点から見たらどうでしょうか?
 新参者に近寄りがたい雰囲気を醸し出してはいないでしょうか?

 

 この作品すごく☆がついてるな。レビューの数もすごい。そんなにすごい作品なのか。と思ってなんとなくレビューを追ってみると……あれっ、この人どこかで見た名前。


 気になってその人とランキングを照らし合わせると……
 特定の作品が作者さんたちによる評価で固められ、上位を占めている。


 このような現状を見た時、読者さんからしたら作者の思惑でランキングが作られているように映るのではないですか?


 読者さん、読み専さんたちの評価がないがしろにされている――というように、読者さんたちは考えてしまうのではないでしょうか?

 特に若い読者さんから、じゃあもう評価なんてしなくてもいいや面倒くさい、というように読者さんからはさじを投げられているのではないでしょうか?

 


 これは私の持論なんで反論もあろうかと思いますが……

 

 若い世代はそもそも人口が少ない。

 だから最初から上の世代に数の上で勝てないんです。


 自分たちがどんなに上にいきたくても、上の世代に少しでも徒党を組まれてしまうと負けてしまう。


 大人たちと混ざる課金がものをいうゲームでは最初から上位に行くことすらできず、諦めなければいけない。という挫折感を最初から植え付けられている。現在可視化されていないだけで、そのように感じている子達は多いのではないか、と見ています。
 


 たかだか小説投稿サイトにそのような社会の縮図を見せつけられたくはないでしょう。もっと作品世界みたいに、夢に浸りたいでしょう。


 俺たちの応援が、ブームを動かしているんだ! という成功体験を与えないと――希望と成果とを直結させないといけないんです。
 


なぜ作者さんたちは「読み合い」という名の「馴れ合い」に走ってしまうのか


 作品に積極的に評価をするのは読者よりも、実は作者さんなのです。


 なぜかといえば、ほかの人の作品を評価することで自分の作品にも「お返し」の評価をもらえるかもしれない、という期待があるからです。

 


 作品を評価されたい! ☆をもらいたい!
 だからほかの人の作品もたくさん読んでたくさん評価しないといけない!


 ――という転倒した状況が起きている。そのように感じているのは、果たして私だけでしょうか?

 

 それは読者さんのことを見ているといえるのでしょうか?
 それとも、私がおかしいのでしょうか?

 

 本来は読みたい作品だけを読めばいいのであり、何も読みたくない作品まで無理して読む必要はないんです。「読み合い」なんてするより「これを読みたい!」と自然と思わせるようにしないといけないんですよ。

 


 にもかかわらず、です。
 カクヨムさんのランキングおよびコンテストは、読みたいと思わせる作品の力よりも、仲間内で読み合い評価すればそれだけで易易と読者選考を通過できてしまいかねない――というコミュ力がものをいう世界に堕してはいませんか?
 

 

 ……このように書くと、おそらく作者さん方からはご評価をいただけなくなるでしょう。フォローも外されるかもしれません。ハブにされるかもしれません。でも、誰かが書かないとダメでしょう。
 


 長い目で見たら、今の状態はサイトのためではないと思うんです。


 当然私も作者ですし、読まれたい!という本音はあります。
 ただ、もう個人の思惑でどうこう言う状況ではないと思うんですよ。


 だから我々作者と読者さんどうしが両方幸せになる方法を、どうにかして考え出さないといけない時期に差し掛かっているのではないかと思うんです。
 

 

 私がエラそうに言えることではないとは百も承知ではありますが……

 

 みなさんどうか、もっと外に目を向けて下さい。
 小説とあまり接点をもたぬ完全な外部からどう見られているか?


 そりゃあ私だって100万円欲しかったですよ。
 ですが、どうか今一度、振り返ってみて下さい。

 

 出版社さんの評判を我々利用者自ら落としているのではないか?
 それが巡り巡って、仮に自分たちが書籍化した時非常に売り出しづらくなりはしないか? ということを。

 

 

 このカクヨムさんとKADOKAWAさんを一度きりの踏み台にするつもりならばそのような態度を取るのもわかりますが……


 KADOKAWAさんは日本有数の巨大出版社であり、KADOKAWAさんの評判がそのまま出版業界全体の評判に直結するのです。


 我々投稿者のモラルが出版業界の評価にそのまま跳ね返り、出版業界そのものの衰退につながってしまう――と、少し考えれば自明のことが、あまり顧みられていないような気がしてならないのです。


 
読者さんが評価しやすい土壌を作るために

 

 そこで運営さんへ私からの提案なのですが……


 小説などを一切投稿していない『読み専』さんからの評価と、作者さんからの評価をわかりやすく分割して表示してみませんか?


 そうすれば読者さんからの評価がよりダイレクトにわかりやすく出ると思うんです。読者さんも評価してみよう、というやる気が出やすくなると思うんです。


 そしてレビューも、作者さんからのおすすめ、推薦――名前はなんでもいいですが、作者さんのレビューと読者さんのレビューを分割して表示してみてはいかがでしょうか?

 

 本来はサイト全体で見て作者さんの評価のほうが多いなんてのは異常な状態、恥ずかしい状態なのだと思わなくてはならない。
 なぜなら、本来ならば読者さんの評価よりも、作品の評判も上乗せできる作者さんの評価が力を持つのは当然だからです。

 

 作者さんたちの評価だけで多くを占めることで、作品を将来買ってくれるかもしれない読者さんたちの評価を阻害することは避けねばならないはず。
 とはいえ現状作者さんがたくさん評価するような流れはもはや止めようがないと思うので、それならばもういっそ別枠にしてわかりやすくしてしまえばいいのではないか――という思いつきです。
 
 『読み専』さんたちが書き手になった時に、過去に読み専として評価したものはどのように扱うべきか?
 作者と書き手をいたずらに分断する処置ではないか?
 そもそもシステム管理が煩雑になるだけで意味がない、など色々な反論が考えられるでしょう。
 
 これは単に運営などについて完全に無知ないち利用者が思いつきで提案しているにすぎないので、これが完璧だとは思っておりません。
 ただ、議論のたたき台にはなるのではないでしょうか。
 
 カクヨムさんが人口を増やすには、アクセスする読者さん方が満足する内容がランキングに打ち上げられやすい土壌を整備していくことが重要なのではないかと思います。


 さいわい作者にとってはとても利用しやすいサイトなので、読者さんたちにとっても利用しやすいようなサイトになっていっていくといいなあ……という思いとともに、この愚痴のような更新を終えたいと思います。


 以上……誰も見てはいないと思いますが、長々とした愚痴すみませんでした。

 

 

また、ランキング問題を考えるにあたり

 

kakuyomu.jp

 

 こちらの『読み専』さんのご意見や

 

note.mu

 

 こちらの方のご意見などが、当更新をするきっかけを契機となりました。

 カクヨムさんに限らず、利用者投稿型サイトのコンテンツが正しく評価されるためにどうしたらいいのか、というものをしっかり考えていかないといけないのではないか、と思います。

コーヒーとタバコと、小説投稿WEBサイト

 おはようございます。久しぶりの更新となります。

 久しぶりの内容が、昨日付けの近況ノートの内容を転載したものですみません……!

 

 私が小説投稿者デビューすることとなったカクヨムさんがオープンして1年が経ちました。そこで、あるユーザーさんが運営さんに感謝の気持ちを作品にして伝えよう、という企画を立ち上げられました。

 

 私も運営さんに常日頃から感謝の意を伝えたいと思っていたところでしたので、その「カクヨム運営さんありがとう」企画に遅ればせながらノッてみたい

……と思って一瞬だけ公開したのですが、コンテストがある中で参加している状況が☆集め目的だと思われてしまう気もしたので、取り下げてこちらに残しておきます。

 

 

コーヒーとタバコと、小説投稿WEBサイト

 

 ――物語の中に自分を重ね合わせる生き方は危険だと、ある人が書いていた。

 来る日も来る日も取り憑かれたようにWEB小説を読んでいるような私は、物語というものに自分自身を投影しすぎているのかもしれない。


「やあ。今日も読書かい? 熱心だね」

 待ち合わせの喫茶店で腰掛けていた私の元へ、その人はやってくる。
 シャツの襟を乱雑に着崩し、吐く息に少しタバコの臭いが残る。
 相も変わらず、だらしのない人だ。

「追っている人の更新が、今日もあったので」
「紙の本は読まないのかい?」
「最近は電子書籍も充実してますし、無料で読める投稿サイトもありますから」
「投稿サイト。ああ、なんだっけ。あのカギカッコ」

カクヨム、です」

「ああそうそう、それ。でも俺は、なんかさ。物憂げな女性がさ、分厚い本を読みふけっててさ。そんでもってさ、時折黒くて長い髪をかきあげたりするの。そんなしぐさが見たいと思っちゃうのも男心というものでね」

 いやこういうのはノスタルジックなのかな、とその人は無邪気におどける。

 本を読むという姿をステレオタイプに捉える彼は、ごくたまに読むといってもマンガばかり。休みの日とあればやれパチンコだ競馬だ麻雀だ。
 小説を薦めても「あーそんなのは頭が痛くなるんだ」の一点張り。
 活字を読むという行為をどこか聖域のように一段上のものとして認識しているようである。
 
 世の中にはそのような人もいるのかと、出逢った当初はまったくの異世界人と接しているかのような驚きがあった。
 社会に出ればまったく価値観の異なる人と同じ空気を吸わなければならないものなのだなとかえって感心してしまったものである。

 私から言わせれば、そんな高尚なものでもなければ難しいものでもないのだけど。


「WEB小説をスマホで追いかける姿は物憂げに、見えませんか。あなたの期待に答えられずに残念です」
「なんだ。俺の期待に応えたいとは思ってくれてるんだ」
「……皮肉、なんですけど。私は私のためにWEB小説を読んでいるので。あなたのことは知りません」
「つれないな……俺は君といるのが特別な物語のようであるんだけどな」
「私といることが……ですか? あなたのことよりも、こうしてスマホで小説を読み漁ることを優先するような私なんかといてもつまらないのでは?」
「おお、こわ。今日はやけに突っかかってくるじゃないか」
「そうでしょうか? 私はいつも通りですよ」


 私はいつもより少し苦味の強いコーヒーに一口つけたあと、再び視線を落とした。
 
 スマートフォンに映し出される『カクヨム』のページ。
 青と白を基調とした、この文字ばかりのサイト。
 ともすれば味気なく地味にも見えるが、カラフルなキャッチコピーから物語にアクセスすれば、私の隙間を埋めてくれるような、無限にも思えるほどの出逢いがある。

 「私」がフォローしている、本当の名前も知らなければ顔もうかがい知ることもできない人の書いた物語群の羅列。
 
 その羅列の、文字化されえないところにこそ、確かに、ありありと私がいる。

 理想と現実という二項対立などに意味などない。
 あまた転がっている小説たちの中から、私の意志で、選択的に摂取する。
 
 いくらでも代替がきくようなものの中から、「あえて」それを選んだという事実こそが私にとっては重要なのだ。
 そこに私という痕跡が立ち現れているのだと信じている私にとって、物語とは私を構成する要素そのものなのだ。

 だから、常に物語を摂取していかなければならない。
 そう、私は私のためにWEB小説を読んでいるのだ――


「タバコ、吸っていいかい?」

 お決まりの文句だ。それを拒んでみてもなんの意味があるのかわからないし、なんにしても今更すぎるので「どうぞ」と、これまたいつものように返す。

 君にも迷惑がかかるしアイコスに切り替えたいんだけどまだ本体の転売が絶えなくてね、と言いつつその人はタバコに火をつける。
 
 一服して落ち着いた後、さも興味のない風にその人は私に問いかける。

「にしても、そこにある小説、プロのばかりじゃないんだろ? お金も出ないのに、よくみんな書いてるよなあ。別に盛り上げることを強いられたりしてないんだろ? なんで小説なんて書いて、タダで君のような読者たちに読ませているんだろうね?」

 向かい合って座っている人、今日はよく喋る。

「さあ、私にもわかりませんね――ただ、もしかすると、読んでくれる誰かのために、書いているのかもしれません。色々な人が次から次へと、数え切れないほどの物語を投稿する。それだけ沢山あれば――私のためにあるような物語が、読まれたがって待っているかもしれない。そんな作品と出逢いたいんです」

 そしてよく喋るのは、私も――私はシュガーを少し足した。

「難しいことは俺にはわからんけどさ。……なんだか君は、物語に埋もれて死んでも構わない、というようにも見えるんだよね。危なっかしい、というか、さ……」

「もったいぶらずに言えばいいじゃないですか。俺を見てくれない女は嫌いだって」

「おいおい、待ってくれよ。そこまでは言ってない。ただ、君は物語を必要としすぎる。……その物語を読んでいる時間の、ほんの少しでもいい。君を主人公とした物語に、俺というキャラクターと過ごす文字数を、くれないかな?」

「あなたそんな表現、どこで覚えたんですか? ……まぁいいです。あなたがここに発表されている物語以上に私を満たしてくれるというんですか?」

 うわ、こいつめんどくさい。と、その人の顔に書かれているようだった。

 物語というものを必要としない人生のほうがさいわいである――そんなふうに、くだんの人は書いていた。
 
 そうなのかもしれない。
 
 他者が生み出したフィクションは往々にして私の想像する作品像を気まぐれに裏切っていく。そのような意味で、私という存在は不安定なものとならざるを得ない。

 他人が他人の思惑で生み出したものに勝手に感動し、勝手に傷ついて。
 
 愚かなこと。なのかもしれない。
 あまりにも物語というものを必要するあまり、物語のない日常が退屈で仕方がない。

 けして物語中では語られることない行間にある、ありふれた日常。
 そんなものは、つまらない。
 
 ありふれた日常を大切な人と共に過ごすことこそが幸せなのに――と憐れむ人もいた。私は物語に縛られているのかもしれない。

 けれど私が物語というものを必要としなくなるその時、あるいは私に読まれるために存在するかのような物語が、私という隙間を完全に埋めてくれるまで。
 

 私にとって恋人は――小説でじゅうぶんだ。


 コーヒーをすする。まだ、苦味が強い。
 シュガーをさらに足す。理想としていた味にはほど遠いけれど、これでようやく飲めないこともない塩梅になった。
 さてこれで読書もはかどる――と少しばかり心を落ち着けていたところに、思わぬ言葉が待っていた。


「――物語の中に自分を重ね合わせる生き方は危険だ」


 思わず飲んでいたものを吹き出しそうになった。

「!? ――あなた、それ……!」

 鼓動が早まる。なぜ……?

「見覚えのある表現だろう? それを小説なんか読んでるはずもないヤツの口から出てきたのが不思議で仕方ない、という顔だね」

「――!? まさか……!? あなた、だっていつも、麻雀だのパチンコだの……」

「嘘をついて悪かったね。パチンコも競馬も麻雀もまったくしない君のような人なら、バレないと思ったから。趣味で小説を書いてるなんて、恥ずかしくてどうしても言えなくて」

「なんで。なんであなた、あなたのような人が……」

「――私のためにあるような物語を書いているのか、だろう? その答え、君ならわかるんじゃないかな?」

「……不特定多数の多くの人に読んでもらうために投稿するサイトで!? あなた、バカではないですか!?」
「君が読んでくれている。それだけで、俺は今までがんばっていられたんだ。俺にとって物語の中心にいたのは、ほかならぬ君なんだ。今日はそのことを伝えたいと思ってね、ここに来てもらったんだ」

「……なんで!」

 私は思わず叫んだ。コーヒーの苦味が喉に張り付いて離れない。

「なんで……あなたなんですか……! 私の心の隙間を埋めていたのが、なんで……」

「キャッチコピー」
「――え?」
「その作品のキャッチコピー」

「君の痕跡をたどって、見つけてみせる。ありのままの、君自身を――……」

「俺は、物語を選んだ先にいる君自身を見つけたよ。……君という物語に、俺という存在を付け加えさせて欲しい」


 ――物語の中に自分を重ね合わせる生き方は危険だと、ある人が書いていた。

 確かに、そうなのかもしれない。
 私は、物語に過度に依存しているのかもしれない。


 けれど、私は出逢ってしまったのだ。
 生涯じぶんと重ね合わせることになるであろう物語と。
 
 その、苦くも甘く、タバコの匂いを思い起こさせずにはいられないお話を、ずっと作品フォローしておきたいと思うのだ。

 私は今後も読者であり続けるだろう。この人が描き出す、物語の続きの。


 そして、ふとしたきっかけでかけがえない物語との出逢いの機会を与えてくれた、カクヨムというWEB小説サイトが、今後も続いて欲しいと思うのだ。

(終)